大阪大学サイバーメディアセンター先端ネットワーク環境研究部門
(大阪大学大学院情報科学研究科ユビキタスネットワーク講座)
2006年度研究成果報告

本Webページは大阪大学サイバーメディアセンター先端ネットワーク環境研究部門(大阪大学大学院情報科学研究科ユビキタスネットワーク講座,中野研究室)の2006年度の研究成果をまとめた報告書です.ご清覧いただき,忌憚のない意見を下されば幸いです.

目次

  1. メンバー
    1. スタッフ
    2. 共同研究者
    3. 学生
  2. 研究業績
    1. ユビキタスネットワーク環境における通信方式の研究
      1. 複数のモバイルノードからの連続的な情報収集方式
      2. 大量のRFIDタグからの高速な情報読み取り手法
      3. 領域に対するノードの出入りを考慮した移動モデル
      4. 屋内向けノード移動モデル
      5. マイクロセルラネットワークにおける完全セル分割
      6. 通信距離の最適化による無線ネットワーク容量の向上
      7. 有線・無線統合ネットワークにおけるTCPの性能向上に関する研究
    2. 次世代情報ネットワークのためのトランスポートアーキテクチャに関する研究
      1. インラインネットワーク計測技術に関する研究
      2. インラインネットワーク計測技術を利用した新たなTCPサービスに関する研究
      3. エッジルータにおける改造TCPコネクションの検出・制御技術に関する研究
      4. 生物の増殖モデルに基づくTCPの輻輳制御方式
      5. TCPトラヒックを考慮した大規模IPネットワークの性能評価に関する研究
      6. オーバレイルーティングに起因するネットワークただ乗り問題に関する研究
      7. インターネットルータのバッファサイズに関する研究
      8. トランスポートプロトコルの改良によるシンクライアントシステムの性能向上に関する研究
      9. TCPオーバレイネットワークに関する研究
      10. 超高速データ転送を実現するTCPの輻輳制御方式に関する研究
      11. エンドシステム/ネットワーク統合環境におけるTCPの高速・高機能化に関する研究
    3. P2Pアーキテクチャに関する研究
      1. 高速なファイル検索,取得のための障害回復力のあるP2P論理網構築手法に関する研究
      2. ファイル共有システムにおける進化ゲーム理論を用いたキャッシングアルゴリズム
      3. ノードのモビリティを考慮したモバイルP2Pネットワークの構築
  3. 発表論文一覧
    1. 学術論文誌
    2. 国際会議会議録
    3. 口頭発表
    4. 博士論文・修士論文・特別研究報告
      1. 博士論文
      2. 修士論文
      3. 特別研究報告

1. メンバー

1.1. スタッフ

中野 博隆
中野 博隆
教授
長谷川 剛
長谷川 剛
准教授
笹部 昌弘
笹部 昌弘
助教
稲鍵 多圭子
稲鍵 多圭子
秘書

1.2. 共同研究者

村田 正幸
村田 正幸
大阪大学
情報科学研究科
教授
Cao Le Thanh Man
Cao L. T. Man
大阪大学
村田研
博士後期課程3年
津川 知朗
津川 知朗
大阪大学
村田研
博士後期課程1年

1.3. 学生

長手 航
長手 航
博士前期課程2年
平野 裕介
平野 裕介
博士前期課程2年
宮川 明子
宮川 明子
博士前期課程2年
丸山 純一
丸山 純一
博士前期課程2年
山根木 果奈
山根木 果奈
博士前期課程2年
相原 聖
相原 聖
博士前期課程1年
渡邉 孝文
渡邉 孝文
博士前期課程1年
竹下 恵
竹下 恵
博士前期課程1年
平岡 佑一朗
平岡 佑一朗
博士前期課程1年
多田 健太郎
多田 健太郎
学部4年
時任 宏
時任 宏
学部4年
児玉 瑞穂
児玉 瑞穂
学部4年
Le Kieu Nhu
Le Kieu Nhu
学部4年

2. 研究業績

2.1. ユビキタスネットワーク環境における通信方式の研究

諸技術発展を受けて,あらゆるものが独自の識別子とコンピュータを持ちワイアレスリンクで接続されるユビキタスコンピューティング環境が新しいパラダイムとして想定されている.その一環として,あらゆる商品にRF-IDを付けて,生産から最終消費まで一環管理しようとする構想は既に多くの実証実験が行われている.このような背景を踏まえて,新たな研究領域として,「ユビキタスネットワーク環境における通信方式の研究」を継続している.この研究では,ユビキタスネットワーク環境下の様々なアプリケーションに適用する通信方式を提案し,その特性を明らかにしていく.

2.1.1. 複数のモバイルノードからの連続的な情報収集方式

複数のモバイルノードからの連続的な情報収集方式

安価なセンサの普及などにより,あらゆる情報が環境中に遍在するユビキタス社会が実現しつつある.情報を保持するノードは必ずしも静止しているとは限らず,人など動くノード(モバイルノード)も存在する.モバイルノードの保持する情報は,自身及び周囲の環境により時々刻々と変化すると考えられ,こうした複数のモバイルノードから連続的に情報を収集することができれば,環境のモニタリングや環境に合わせたノードへの情報案内といったシステムが実現できる.

しかしながら,複数のモバイルノードから定期的かつ公平に情報を収集するのに適した方式は存在していない.多数のモバイルノードから連続的に情報を収集する場合,従来のALOHA方式やCSMA/CA方式ではノード数の増加やノードの動きに伴い,情報の収集効率が低下する.そこで本研究では多数のモバイルノードから効率よくかつ連続的に情報を収集するための方式を提案する.

情報を収集する端末(リーダ)はまずノードの識別情報(ID)を確率的な方法で収集し,収集されたIDを基にノードを指定し,データ読み出しを行うことで連続的なデータ収集時の衝突回避を行う.アクセスエリア内に侵入したにもかかわらずリーダにIDを登録されていないノード(未登録ノード),及びアクセスエリアを離脱したにもかかわらずリーダに登録されたままのノード(未削除ノード)がシステムの性能低下の要因となるため,これらのノード数について解析する.なお,解析では本来複雑な状態方程式を解く必要があったがPalm calculus のInversion formulaを用いることで比較的容易に方程式を解くことが可能となる.

シミュレーションにより解析の妥当性を評価するとともに,既存方式との性能比較を行った.Slotted ALOHA方式を用いた情報収集ではデータの収集効率が37%であったのに対し提案手法を用いた情報収集では74%となった.また,アクセスエリア内のモバイルノード数に応じて,ID登録におけるノードのID応答確率を制御することで提案手法の適用領域を拡大できることを示した.

[関連発表論文]

  1. Yusuke Hirano, Masahiro Sasabe, and Hirotaka Nakano, “Information gathering system based on combination of random and selective accesses for ubiquitous environments,” in Proceedings of SPIE, vol.6387, pp.63870J-1-63870J-9, Oct. 2006.
  2. Yusuke Hirano, “A scheme for continuous data gathering form mobile nodes,” Master’s Thesis, Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University, Feb. 2007.

2.1.2. 大量のRFIDタグからの高速な情報読み取り手法

大量のRFIDタグからの高速な情報読み取り手法

複数のRFIDタグとリーダからなるRFIDシステムは,バーコードシステムが実現できない新たなサービスを創生するものとして,その活用が期待されている.特に生産分野では,商品管理に要する時間やコストを削減するために,各商品に取り付けたRFIDタグが保持する識別情報(ID)及び属性情報(データ)を高速かつ連続的に読み取る方式が必要とされている.

RFIDタグとリーダ間の通信は無線で行なわれる.RFIDタグの情報の読み取りは一般的にリーダの要求に対してRFIDタグが応答する形で行なわれるため,複数のRFIDタグの情報を同時に読み取ろうとすると,RFIDタグが一斉に情報を送信することで衝突が発生し,情報の読み取りが失敗に終わるという問題がある.そこで,本研究では衝突を回避し,大量RFIDタグの持つID及データを高速かつ連続して読み取るための手法であるResponse Probability Control Method (RPCM)を提案した.

RPCMではまず,リーダはリーダの読み取り範囲であるアクセスエリアに存在するRFIDタグに対して,各RFIDタグを識別するために,そのIDを要求する信号を送信する.その際,アクセスエリア内のRFIDタグ数を推測し,推測結果に基づきRFIDタグがIDを送信する確率を適切に制御することでIDの衝突を抑制する.数学的な解析とシミュレーションによってRFIDタグのIDの読み取りが完了するまでに要する時間を評価したところ,提案手法は平均で従来方式1.6倍の読み取り速度を達成できた.

さらに,IDのサイズがアクセスエリアに存在するタグを識別するには冗長であることを利用し,IDの一部である仮IDを前述の方法で事前に読み取り,IDの残りの部分である残IDやタグのデータの読み取りを,仮IDを用いてタグを識別することによって衝突を発生させずに行なうこともできる.これにより,衝突によって失われる情報量を削減し,情報の読み取りの効率化を計ることが可能である.ただし,IDの分割によるオーバヘッドの影響次第ではこの応用が逆効果となる場合もあるため,仮IDでRFIDタグを識別する手法の有効領域や有効性の数学的な解析を行なったところ,IDのサイズが大きく仮IDのサイズが小さい場合にIDを2段階に読み取る手法が有効となることが確認できた.

また,RFIDタグが一定の速さでアクセスエリア内を通過するベルトコンベアシステムを想定したシミュレーションを行うことで,読み取り完了までに時間制限のある環境下でのRPCMの性能評価を行った.その結果,RFIDタグ数の推定方式において,タグの到着率を考慮に入れることにより読み取り性能が約34%向上することがわかった.

[関連発表論文]

  1. Wataru Nagate, Masahiro Sasabe, and Hirotaka Nakano, “High-speed readout method of ID information on a large amount of electronic tags,” in Proceedings of SPIE, vol.6387, pp.638708-1-638708-11, Oct. 2006.
  2. Wataru Nagate, “High-speed information readout method from a large amount of RFID tags,” Master’s Thesis, Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University, Feb. 2007.
  3. Le Kieu Nhu,“Evaluation of Response Probability Control Method on Belt Conveyor Systems,”大阪大学基礎工学部情報科学科特別研究報告, Feb. 2007.
  4. 中野博隆, 長手航, 平野裕介, 笹部昌弘, “応答確率制御法による大量電子タグの高速読み出し,” 電子情報通信学会論文誌, vol.J90-C, no.6, June 2007. (採録決定)

2.1.3. 領域に対するノードの出入りを考慮した移動モデル

領域に対するノードの出入りを考慮した移動モデル

従来のノードの移動モデルとしてはランダムウェイポイントモデルが有名である.これは携帯電話網など比較的広範囲なセル内でのノードの移動を確率的にモデル化するための方式である,しかしながら近年,Bluetooth,ZigBeeなどセル範囲の小さな通信方式が普及してきている.セルの範囲が小さくなると,ランダムウェイポイントモデルでは想定していなかったセルに対する出入りの影響が無視できなくなると考えられる.移動モデルに基づくセル内のノードの分布を推測することができれば,セル内におけるノード間の疎通問題や通信容量増大を目的とした無線アクセスポイントの配置問題を解決することが可能となる.

そこで本研究では,セルの境界上に存在する複数のゲートに対するノードの出入りを観測し,セル内のノードの分布を推測するモデルを提案した.観測する対象は,ノードの出入りが発生したゲートの位置,その発生時刻,およびその発生数である.

モデルを正確に構築するため,カメラを用いて実際の人流を正確に計測するシステムを作った.この計測に基づき,トラヒックの性質に関するデータを得た.例えば,多くの場合,侵入ゲートから離脱ゲートまでノードは一定の速度で直線的に移動するとの仮定が成り立ている.ゲートに対する侵入と離脱のイベントと移動速度から計算されたセル内の滞在時間を基に,侵入と離脱の対応付けを予測する方法について検討中である.

[関連発表論文]

  1. Satoshi Aihara, Masahiro Sasabe, and Hirotaka Nakano, “Mobility model based on incoming and outgoing nodes to an area,” to be presented at the 5th International Symposium on Mobile Mapping Technology (MMT’07), May 2007.

2.1.4. 屋内向けノード移動モデル

ZigBeeやBluetoothなどの微小セルを用いた通信システムが普及しつつある.これらの特徴は至る所に存在することであり,その特性を利用して様々な付加価値サービスが提案されている.特に,ZigBeeはアドホック通信の機能を持ち,設置するだけで面的なアクセス網が構築できる特徴を持つ.家庭や事務所で照明のコントロールが典型利用例として提案されている.

しかし,このようなユビキタス性は未だ十分に解明されているとはいえない.そこで,本研究では,ZigBeeを対象に室内の人物追跡を高精度に行う方式を提案する.簡易に人物の存在を検出する方法に赤外線センサを使う方式がある.安価であり,照明コントロールと組み合わせた実装が容易であると考えられるため,主な想定手段とする.赤外線センサは複数の人物を分解できないことの欠点があるが,追跡を統計的に処理することにより,複数の人物の分解を可能にする.追跡アルゴリズムにベイズ推定法と最尤推定法を使う場合の利害得失を評価する.照明制御装置に組み合わせるべきセンサの機能と性能を提案していくことを目標としている.

2.1.5. マイクロセルラネットワークにおける完全セル分割

マイクロセルラネットワークにおける完全セル分割

従来,モバイル通信では音声やメールなどサイズの小さいデータがトラヒックの大部分を占めていた.しかし近年,多くの携帯電話会社が通信料定額制を導入し,その影響で音楽のダウンロードや店舗の広告配信など音楽や動画を使ったサービスが徐々に普及してきている.このようなサービスではマルチメディアデータを円滑に送受信するために多くの帯域を必要とする.それゆえ,従来と比較して通信容量や伝送速度がより重要になる.しかし,現状の携帯電話では未だ伝送速度が低く,通信に多くの時間を要してしまう.

携帯電話では基地局と端末(ノード)間の通信にセルラ方式を採用している.セルラ方式では,基地局とその通信領域(セル)内のノードとが円滑に通信できるよう,隣接するセル間で周波数帯域が重ならないように設計している.そのためにはグラフ理論より,周波数帯域を少なくとも4分割する必要があり,伝送速度が低下してしまう.そこで,基地局が適切に送信電力制御を行いセルの重なりを防ぐことができれば,各セルにおいて元の周波数帯域すべてを利用でき,セルラ方式の約4倍の伝送速度が期待できる.このような方式を完全セル分割(PCP: Perfect Cell Partitioning)と定義する.

本研究では,店舗の広告配信サービスを想定したPCPを提案した.このようなサービスでは,隣接する店舗のセルと電波干渉を起こさないように自セル内の人々に広告を配信する必要がある.この場合,隣接するセルとの境界付近にノードが存在しないように送信電力を制御することでPCPが成立する.さらに,ノードが基地局と通信できる確率(通信成功確率)や電波の利用効率を向上させるため,PCPを改良したMPCPを提案した.MPCPでは,隣接するセルとの境界付近に存在するノードを犠牲にして,出来るだけ多くのノードにサービスを提供する.

PCPの適応領域を明らかにするために幾何学的解析を行った.さらに,解析の妥当性とPCPの有効性を評価するために,シミュレーション評価を行った.また,MPCPについて提案と解析を行い,その有効性について評価した.解析結果とシミュレーション結果により,PCPはセル内の平均ノード数が7より小さく,占有倍率が1.5より小さいときにセルラ方式より有効に電波を利用できることが分かった.それに対してMPCPでは占有倍率が1.2のとき,PCPと比べて通信成功確率が最大で7倍に向上することが分かった.また,MPCPではセル内ノード数や占有倍率に関わらずセルラ方式より有効に電波を利用できる.

[関連発表論文]

  1. 宮川明子, 笹部昌弘, 中野博隆, “モバイル通信における電力制御の効果,” 画像電子学会予稿(06-04-11), pp. 65-70, Nov. 2006.
  2. Akiko Miyagawa, “Proposal and evaluation of perfect cell partitioning in micro-cellular networks,” Master’s Thesis, Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University, Feb. 2007.
  3. Akiko Miyagawa, Masahiro Sasabe, and Hirotaka Nakano, “Perfect cell partitioning in micro-cellular networks,” to be presented at the Information and Communication Technologies International Symposium (ICTIS 2007), Apr. 2007.

2.1.6. 通信距離の最適化による無線ネットワーク容量の向上

通信距離の最適化による無線ネットワーク容量の向上

無線アドホックネットワークでは,領域内におけるノード数の増加にともない,電波の衝突による通信容量の低下が問題となる.特に,送受信ノードが互いの送信電力範囲内に存在しない場合には,他のノードを中継するマルチホップ通信により情報を交換する必要があり,その場合にはホップ数の増加にともないスループットが低下してしまう.

限られた電波資源を有効に活用するための方法として,ノードが送信電力を調整することにより,領域をノード間で空間的に分割することが考えられる.次ホップのノードまでの距離を通信距離とすることができれば,通信容量の大幅な改善が期待できるが,他ノードとの距離を得るためには,計測のオーバヘッド,計測精度などの観点で困難であると考えられる.

そこで本研究では,すべてのノードが均一な通信距離を用いた場合に,領域全体の通信容量を最大化するような最適な通信距離について検討した.まず,既存の電波干渉のモデルに基づき,通信時に電波の影響が及ぶ範囲内に自分と最も近くに位置するノード(最近接ノード)しか存在しない場合に限り,最近接ノードとの通信が成立すると仮定する.その上で通信容量を最大にする通信距離を解析とシミュレーション評価することによって最適な通信距離を明らかにした.その結果,通信容量を最大にする通信距離は,ノード密度に依存し,通信容量の最大値はノード密度に依らない値をとることが明らかになった.さらに従来方式と比べて2.1倍の通信容量を実現できることを示した.

[関連発表論文]

  1. 時任宏,“通信距離の最適化による無線ネットワーク容量の向上,” 大阪大学基礎工学部情報科学科特別研究報告, Feb. 2007.
  2. 時任宏, 笹部昌弘, 中野博隆, “通信距離の最適化による無線ネットワーク容量の向上,” 電子情報通信学会技術研究報告(IN2006-196), pp.95-100, Mar. 2007.

2.1.7. 有線・無線統合ネットワークにおけるTCPの性能向上に関する研究

現在利用可能である無線アクセス技術には,携帯電話の2.5 G や3 G,PHS,無線LAN,衛星通信のように様々な種類・規格が存在し,そのいずれもがTCP/IP やUDPといったインターネットで用いられるプロトコルをシームレスに用いることができる.それにより,無線ネットワークをアクセスネットワークとして端末をインターネットに接続する,いわゆる有線・無線統合ネットワークが普及し,多くのインターネット上のサービスが,クライアント端末が無線接続されているホストであることを考慮せずに提供されることが多くなった.

しかし,有線・無線統合ネットワークにおいては,インターネットでもっとも広く使用されているトランスポート層プロトコルであるTCP (Transmission Control Protocol) データ転送の性能が低下するという問題が指摘されている.特に,無線ネットワークで発生するリンクエラーによって引き起こされるパケット廃棄(以下,無線リンクロス) と,ネットワークの輻輳によって発生するパケット廃棄(以下,輻輳ロス) を判別できないことが性能低下の大きな原因となっている.

この問題に対しては以前より議論がなされており,解決手法が数多く提案されている.しかしこれら既存の解決手法の多くは,送信側TCP を修正する,あるいは途中経路のルータに機能を付加するなど,有線ネットワーク側の修正が必要となる.しかし,上述のように有線・無線統合ネットワークが浸透するにつれ,サービス提供者はクライアント端末のネットワークアクセス環境を考慮せずにサービス提供を行うようになったため,コスト面から有線ネットワーク内の機器所有者が無線ネットワークに特化した修正を積極的に行うことは期待できないと考えられる.すなわち,無線ネットワークを経由したネットワークアクセス性能の向上に意欲を持つのは,無線ネットワーク事業者および無線端末のユーザであると考えられるため,既存の手法を適用することは難しい.一方,有線ネットワーク側の修正を必要とせず,有線ネットワークと無線ネットワークの境界となるベースステーションを修正することにより性能向上を図る手法も存在するが,ベースステーションでTCP コネクションを分割するためにTCPのEnd-to-end の原則を崩す,あるいはベースステーションでTCP ヘッダにアクセスするためにIPSec などによりIP パケットのペイロード部分が暗号化されたトラヒックに対応できないといった問題がある.

そこで我々は,TCP スループットを改善する手法として,無線接続された受信端末のみに修正を限定することにより,容易に導入が可能であり,TCP のend-to-end の原則を保ち,暗号化されたトラヒックにも適用できる動的ACK 分割手法を提案した.提案手法では受信端末においてパケット廃棄の種類を判別し,無線リンクロスが発生したと判別された場合にTCPのACK (ACKnowledgement) パケットを分割送信するACK分割技術を用いて,送信側TCP の輻輳ウィンドウサイズをすばやく増加させる.その際,輻輳ウィンドウサイズが無線リンクロス発生直前の値にまで回復するとACK 分割を終了する機能,およびACK パケットの送信レートを動的に制御する機能を導入することにより,有線ネットワークの輻輳や無線アクセスネットワークの上り帯域の圧迫を回避する.

提案方式の有効性は,まずシミュレーションによる評価を行い,提案手法を用いることでTCPのスループットが改善されることを示した.また本研究では,提案手法を用いた場合のTCP スループットの数学的な解析を行い,本提案手法の有効性に関する検討を行った.

[関連発表論文]

  1. Masashi Nakata, Go Hasegawa, and Hirotaka Nakano, “Modeling TCP throughput over wired / wireless heterogeneous networks for receiver-based ACK splitting mechanism,” in Proceeding of the 2006 International Conference on Wireless Networks (ICWN 2006), June 2006.
  2. Go Hasegawa, Masashi Nakata, and Hirotaka Nakano, “Receiver-based ACK splitting mechanism for TCP over wired/wireless heterogeneous networks,” IEICE Transactions on Communications, vol.E90-B, no.5, May 2007. (to appear)

2.2. 次世代情報ネットワークのためのトランスポートアーキテクチャに関する研究

エンドホスト間でデータを高速に,かつ効率よく転送するための中心技術がトランスポートプロトコルである.特にインターネットで用いられているTCPでは,エンドホストがネットワークの輻輳状態を自律的に検知して転送率を決定している.これは,インターネットの基本思想であるEnd-to-end principleの核になっているものであるが,エンドホストの高速化により,その適応性をより高度なものにできる可能性が十分にある.また,ネットワーク内ルータでは,エンドホストの適応性を前提とした制御を考えていく必要があるが,それが実現されれば,自律性,適応性に富んだ高機能ネットワークの可能性も見えてくる.本研究テーマでは,そのような高速トランスポートプロトコルに関する研究に取り組んでいる.また,CDN (Contents Distribution Network)やデータグリッドなど,IPネットワーク上において特定のサービスを提供するためのオーバーレイネットワークにおけるトランスポートアーキテクチャに関する研究にも取り組んでいる.

2.2.1. インラインネットワーク計測技術に関する研究

インラインネットワーク計測技術に関する研究

近年のネットワークサービスの多様化に伴い,サービスオリエンテッドなネットワーク(サービスオーバレイネットワーク)が拡がりつつある.これらのネットワークにおいてサービス品質を向上させるためには,下位層ネットワークであるIPネットワークを与条件として,サービス提供のためのコネクション設定要求が発生した時に,利用可能な下位層ネットワーク資源量を適切に把握することが重要である.

そこで我々の研究グループでは, IP ネットワークのエンドホスト間で利用可能な帯域幅および物理帯域を同時にかつ少ないオーバヘッドで計測する,インラインネットワーク計測手法を提案している.提案方式は TCP コネクションのデータ転送時に得られる情報に基づいて計測を行なうインラインネットワーク計測と呼ばれる方式であり,新たな計測用のトラヒックをネットワークに導入する必要がなく,かつ計測結果を素早く導出することが可能となる.物理帯域の計測手法に関しては,同時に計測を行う利用可能帯域値を利用することで,従来手法とはまったく異なるアルゴリズムを用いて物理帯域の推測を行っている.

本年度の研究においては,これまでに我々が提案したパケットの送信・受信間隔に基づいた計測手法,および高速ネットワークにおける計測のために提案した,パケットバーストの送信・受信間隔に基づいた計測手法をLinuxおよびFreeBSDへ実装し,その有効性を確認した.その結果,低速および高速インターネット環境において,両手法が期待される性能を発揮することができることを確認した.特に,従来数多く提案のあるパケットの送信・受信間隔に基づいた計測手法が,100Mbpsを越える高い帯域を計測できないことを確認し,我々が新たに提案したパケットバーストの送信・受信間隔に基づく手法が,1Gbpsに達するような広帯域環境においても利用可能帯域を高い精度で計測できることを確認した.

さらに本年度における研究では,オーバーレイネットワークがトラヒックの経路選択を行うために必要となる,経路の帯域情報を知るための,各オーバーレイノードで分散的に動作する帯域情報収集システムImSystemを提案した.ImSystemは上述のインラインネットワーク計測を利用することにより,帯域計測用のトラヒックを減少させることができる.そのため,帯域情報収集のためにネットワークへ与える負荷が小さいという特長を持つ.さらに,ImSystem をベースに,計測用のトラヒックが互いに重ならないように計測タイミングを調整するImSystemPlus を提案した.シミュレーション評価結果により,提案システムが常に最新の帯域情報を高い精度で把握することが可能であり,かつ,ネットワークへ与える影響が少ないことを示した.また,オーバレイネットワーク上のトラヒック量が少ない場合においても,提案システムがそれを有効に利用し,計測用トラヒックを大幅に減らすことができることが明らかとなった.

[関連発表論文]

  1. Tomoaki Tsugawa, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “Implementation and evaluation of an inline network measurement algorithm and its application to TCP-based service,” in Proceedings of 4th IEEE/IFIP Workshop on End-to-End Monitoring Techniques and Services (E2EMON 2006), pp.35-42, Apr. 2006.
  2. Cao Le Thanh Man, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “ICIM: An inline network measurement mechanism for highspeed networks,” in Proceedings of the 4th IEEE/IFIP Workshop on End-to-End Monitoring Techniques and Services (E2EMON 2006), pp.67-74, Apr. 2006.
  3. Cao Le Thanh Man, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “ImTCP: TCP with an inline measurement mechanism for available bandwidth,” Computer Communications Special Issue: Monitoring and Measurements of IP Networks, vol.29, pp.1614-2479, June 2006.
  4. 津川知朗,Cao Le Thanh Man,長谷川剛,村田正幸, “高速ネットワークにおけるインラインネットワーク計測手法の実装に関する検討および性能評価,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-47), pp. 73-78, July 2006.
  5. Cao Le Thanh Man, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “A simultaneous inline measurement mechanism for capacity and available bandwidth of end-to-end network path,” IEICE Transactions on Communications, vol.E89-B, pp.2469-2479, Sep. 2006.
  6. Cao Le Thanh Man, “Inline network measurement: TCP built-in techniques for inferring end-to-end bandwidth,” PhD Thesis, Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University, Jan. 2007.
  7. Cao Le Thanh Man, Go Hasegawa and Masayuki Murata, “Inferring bandwidth of overlay network paths using inline network measurement,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-217), pp.219-224, Mar. 2007.

2.2.2. インラインネットワーク計測技術を利用した新たなTCPサービスに関する研究

インラインネットワーク計測技術を利用した新たなTCPサービスに関する研究

前項のインラインネットワーク計測技術を用いることにより,TCPコネクションが転送中のデータ・ACKパケットを利用して,ネットワークパスの帯域に関する情報を獲得することができる.この情報を用いることで,従来実現できなかった,あるいは,従来アプリケーション層で実現する必要のあったさまざまなネットワークサービスを,トランスポート層,つまりTCPの制御によって実現することができると考えられる.本年度における研究では,一定のスループットを確保したデータ転送を実現するTCPの輻輳制御手法に関する検討を行った.

インターネットの発展によりサービスが多様化し,リアルタイム配信型アプリケーションなど,通信品質の確保を必要とするアプリケーションが注目されている.これまで,IP 層やアプリケーション層において高い通信品質を提供する手法が提案されているが,ネットワーク規模に対するスケーラビリティや導入コストなどの問題から実現が困難とされている.そこで本研究では,トランスポート層において高い通信品質を実現する一方式として,TCP コネクションを用いてある一定のスループットを上位アプリケーションに提供する,TCP の輻輳制御方式を提案した.提案手法は,送信側TCP の輻輳ウィンドウサイズの増加方法を変更することで,データ送信レートを制御する.

提案手法の評価はシミュレーションによって行い,その結果,背景トラヒック量が多く,利用可能帯域がほとんど存在しない環境においても,物理帯域の約10-20%のスループットを高い確率で獲得できることを示した.さらに,提案方式をLinux上へ実装し,研究室内の小規模実験ネットワーク,および大阪-東京間の公衆インターネット環境において実験を行った.その結果,提案方式がコンピュータシミュレーションとほぼ同程度の性能を発揮できることを確認した.

[関連発表論文]

  1. Tomoaki Tsugawa, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “Background TCP data transfer with inline network measurement,” IEICE Transactions on Communications, vol.E89-B, pp.2152?2160, Aug. 2006.
  2. 山根木果奈, 長谷川剛, 村田正幸, “インラインネットワーク計測に基づくTCPスループットの保証手法,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-50), pp.7-12, Sep. 2006.
  3. Kana Yamanegi, Go Hasegawa and Masayuki Murata, “Congestion control mechanism of TCP for achieving predictable throughput,” in Proceedings of Australasian Telecommunication Networks and Applications Conference 2006 (ATNAC 2006), pp. 117-121, Dec. 2006.
  4. Kana Yamanegi, “TCP congestion control mechanisms for achieving predictable throughput,” Master’s Thesis, Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University, Feb. 2007.
  5. 山根木果奈, 長谷川剛, 村田正幸, “スループット保証を実現するTCPの輻輳制御方式の実装評価,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-216), pp.213-218, Mar. 2007.

2.2.3. エッジルータにおける改造TCPコネクションの検出・制御技術に関する研究

エッジルータにおける改造TCPコネクションの検出・制御技術に関する研究

現在のインターネットには,悪意あるユーザによって改造されたTCP が存在する.これは,カーネル内のソースコードやパラメータを少し変えるだけでTCPを改造できることに起因する.例えば,輻輳ウィンドウサイズの増減のレートを変更するには,カーネル内のソースコードのうち,輻輳ウィンドウサイズの増加幅と減少幅を決定しているパラメータを変更するだけでよく,わずか数行の改変で改造が可能である.この様にして改造されたTCP を,ここではtampered-TCP と呼ぶ.

本研究では,tampered-TCPがネットワークに与える影響を評価した.具体的には,tampered-TCP の中でもウィンドウサイズの上げ幅と下げ幅を変更したものを対象とし,数学的解析手法を用いて,TCP Reno コネクションとtampered-TCP コネクションが共存する環境における,tampered-TCP コネクションの平均スループットを導出した.さらに,シミュレーション評価によって数学的解析手法の妥当性を検証し,(1) 上げ幅が3 以上の場合,再送タイムアウトが増加することによってスループットが低下すること,(2) 下げ幅を小さくすることでスループットが増大すること,(3) 下げ幅を小さくすることの効果より,上げ幅の増加によるスループットの低下の影響の方が強いこと,などを明らかにした.また,これらの結果を通じて,tampered-TCP の有効範囲がごく狭い領域に限られることを示した.

さらに,エッジルータにおいてtampered-TCP コネクションを検出・制御することによって,通常のTCP コネクションを保護し,TCP コネクション間の公平性を実現する手法を提案した.提案手法は,エッジルータにおいてTCP パケットを観測することにより,TCP コネクションのウィンドウサイズ,あるいはスループットを推測する.さらに,その値をもとにTCP コネクションのタンパリング性を判断し,必要に応じてパケットを意図的に廃棄する.シミュレーション評価により検証した結果,提案手法によってtampered-TCP コネクションを高い確率で検出し,TCP Reno コネクションとのスループット比をほぼ1 に保つことができることを明らかにした.

[関連発表論文]

  1. 丸山純一, 長谷川剛, 村田正幸, “改造TCPがネットワークに与える影響に関する一検討,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-40), pp.31-36 July 2006. (情報ネットワーク研究賞)
  2. Junichi Maruyama, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “Is tampered-TCP really effective for getting high throughput in the Internet?,” in Proceedings of Australasian Telecommunication Networks and Applications Conference 2006 (ATNAC 2006), pp. 167-171, Dec. 2006.
  3. Junichi Maruyama, “Ill-effects of tampered-TCP flows and protection mechanisms for well-behaved TCP flows,” Master’s Thesis, Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University, Feb. 2007.
  4. 丸山純一, 長谷川剛, 村田正幸, “エッジルータにおける改造TCPの検出・制御手法の提案,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-219), pp.231-236, Mar. 2007.

2.2.4. 生物の増殖モデルに基づくTCPの輻輳制御方式

生物の増殖モデルに基づくTCPの輻輳制御方式

帯域や遅延が大きいネットワークにおいてTCP Reno を用いた場合においてスループットが低下することが問題点として挙げられる.この問題は,ウィンドウサイズの増加量を決定するパラメータが小さく(1 ラウンドトリップ時間(RTT) あたり1 パケット) ,ウィンドウサイズの減少量を決定するパラメータが大きい(パケット廃棄発生時に半減させる) ことに起因している.この問題に対する解決法は数多く提案されているが,それらの多くはTCP Reno のウィンドウサイズ制御の基本的機構であるAIMD 方式を引き継いでおり,その増減の量を決定するパラメータをネットワーク環境に応じて静的あるいは動的に調節することでスループットの改善を行っている.

しかし,それらの多くは特に帯域や遅延が大きいネットワーク環境を想定した修正であるため,他の環境において適用された場合にも問題点を持たないかどうかは不明であり,本質的な解決を行っているとはいえない.これは,TCP Reno は送受信ホスト間のパスのRTT を計測しているが,利用可能帯域を知るための効率的な方法を持たないためである.すなわち,TCP が何らかの手法を用いて,送受信ホスト間のパスの帯域に関する情報をすばやく,高い精度で取得することができれば,ウィンドウサイズの制御にAIMD 方式を用いる必要はなく,より効率の良い輻輳制御方式を考えることが可能となる.

これらの問題に対してわれわれは,インライン計測技術を用いて帯域に関する情報を取得し,その情報を用いてウィンドウサイズ制御を行うことによって,従来のTCP Reno における問題を本質的に改善するための新たなTCP の輻輳制御方式を提案している.ウィンドウサイズ制御のアルゴリズムは,帯域に関する情報を用いることによってウィンドウサイズを適切な値にすばやく調節すること,および他のコネクションが競合する際に公平に帯域を分配できることを目的として設計する.そのために,数理生態学において生物の個体数の変化を表すモデルとして有名なロジスティック増殖モデル,およびロトカ・ヴォルテラ競争モデルを適用する.これらのモデルをTCP のウィンドウサイズ制御へ適用するために,生物の個体数をデータ転送速度に,個体数の収束値である環境容量を物理帯域に,および種間の競争を同一リンク上の複数コネクションの競合にそれぞれ変換する.本研究では,提案方式の特性を数学的解析によって明らかにし,提案方式が持つパラメータ設定方法に関する議論を行った.また,前述の高速ネットワークにおけるインラインネットワーク計測手法を用いて,ネットワークパスの物理帯域および利用可能帯域を取得することによって,提案している輻輳制御方式が,将来の超高速ネットワーク環境においても十分な性能を発揮することができることを明らかにした.

さらに,提案手法をLinuxへ実装し,研究室内の小規模実験ネットワーク,また,大阪-東京間および大阪-米国カリフォルニア間の公衆インターネット環境を用いて,データ転送実験を行った.その結果,インライン計測によって正確な利用可能帯域の値が得られる場合には,低速・低遅延環境においても十分な性能を発揮できること,また,高速・高遅延ネットワーク環境においては,計測精度が低下したとしても,従来手法に比べて最大で100%のスループット向上を達成できることがわかった.

[関連発表論文]

  1. Go Hasegawa and Masayuki Murata, “TCP symbiosis: congestion control mechanisms of TCP based on Lotka-Volterra competition model,” in Proceedings of Workshop on Interdisciplinary Systems Approach in Performance Evaluation and Design of Computer & Communications Systems (Inter-Perf 2006), Oct. 2006.
  2. 児玉瑞穂, “インライン計測に基づいたTCP輻輳制御方式のネットワークにおける性能評価,” 大阪大学基礎工学部情報科学科特別研究報告, Feb. 2007.

2.2.5. TCPトラヒックを考慮した大規模IPネットワークの性能評価に関する研究

TCPトラヒックを考慮した大規模IPネットワークの性能評価に関する研究

インターネットユーザの増大,アプリケーションの多様化にともない,インターネットは加速度的に大規模・複雑化している.それにともない,そのような大規模ネットワークの設計手法や,性能解析手法に対する要求が高まっている.しかし,インターネットトラヒックの大部分を占めるTCPの挙動を考慮した大規模ネットワークの性能解析・評価手法は,十分に整備されていないのが現状である.

そこで本研究においては,TCP の輻輳制御を考慮した,大規模ネットワークの解析手法を提案した.本解析では,エンドホストで動作するTCP およびネットワークリンクを,それぞれ独立のシステムとしてモデル化し,これらを相互接続することで,大規模ネットワークをモデル化している.各リンクにおけるリンク利用率およびパケット棄却率,そしてTCP コネクションのスループットを導出し,ネットワークの輻輳個所およびその輻輳の度合を求める.我々の解析手法を用いることによって,例えば,100 /1,000 /100,000 を越えるルータ/ エンドホスト/ リンク,そして,100,000 本を越えるTCP コネクションが存在するネットワークのエンド間のスループット,リンク利用率等を短時間で評価できる.また,評価に必要な計算時間は,ns-2 とは異なり,ネットワークの帯域および伝播遅延に依存しない.本研究では,解析結果をシミュレーション結果と比較することにより,解析の妥当性を示した.さらに,我々の解析手法が,大規模ネットワークにおけるTCP コネクションの振舞いを適切に捉えていることを明らかにした.

さらに,提案した解析手法を用いて,コアネットワークおよびエッジネットワークを含んだ大規模なネットワークにおいて,コアルータのバッファサイズを小さくすることの妥当性を検証した.具体的には,解析手法をAbilene-inspired ネットワークに適用することにより,コアルータのバッファサイズを小さくすることが,ネットワークおよびTCP コネクションの性能にあたえる影響を調査した.その結果,エッジネットワークのリンク帯域が大きくなったとき,コアルータのバッファサイズを小さくすることは,コアルータを通過するTCP コネクションと通過しないTCP コネクション間に,大きな不公平性を引き起こすことが明らかとなった.

[関連発表論文]

  1. 久松潤之, 長谷川剛, 村田正幸, “TCPトラヒックを考慮した大規模ネットワーク解析手法の提案,” 電子情報通信学会技術研究報告 (CQ2006-7), pp.31-36, Apr. 2006.
  2. 久松潤之, 長谷川剛, 村田正幸, “大規模ネットワークにおけるTCP トラヒックを考慮したルータのバッファサイズの検討,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-130), pp.97-102, Dec. 2006.

2.2.6. オーバレイルーティングに起因するネットワークただ乗り問題に関する研究

オーバレイルーティングに起因するネットワークただ乗り問題に関する研究

オーバレイネットワークには,エンドホスト間のTCP スループットや遅延時間,IP ネットワークレベルあるいはオーバレイネットワークレベルのホップ数などのネットワーク性能を指標として,トラヒック制御を行うものが存在する.また,特定のアプリケーションを前提とせず,トラヒックのルーティングそのものを目的(アプリケーション) とするオーバレイネットワークも登場しつつある.オーバレイルーティングを行うことによって,通常のIP ルーティングに比べて,利用するユーザにとってのネットワーク性能(スループットや転送遅延時間など) が改善することが明らかとなっている.これは,オーバレイルーティングとIP ルーティングではルーティングに用いるポリシーが大きく異なることに起因している.しかし,逆にオーバレイルーティングが,IP ルーティングを司るISP に悪影響を及ぼすことが考えられる.これは,主にISP が持つ他ISP との接続リンクの課金構造が原因で発生する.ISP が上位ISP に対して持つトランジットリンクは,通過するトラヒック量の最大値に応じて通常課金される.一方,ピアリングリンクはコストは回線そのものの維持コスト(通常ピアリングするISP で折半される) を除いてほとんど発生しない.ISP が行うIP ルーティングはこのコスト構造の違いを考慮して行われており,ピアリングリンクにはピアリング関係にある両ISP を起点・終点とするトラヒックのみが通過する.一方,アプリケーションレベルで行われるオーバレイルーティングはこのようなISP の都合を考慮せず,ネットワーク性能やアプリケーションの要求のみに基いて行われるため,ISP が前提としているコスト構造を無視したトラヒックが発生することが考えられる.

本研究ではこの問題をオーバレイルーティングによるネットワークただ乗り問題と呼び,それがISP にとって無視できない問題であることを指摘した.まず,本研究において対象とするただ乗り問題の定義を行い,ISP にとって深刻な問題となり得ることを指摘した.また,オーバレイルーティングがルート選択の際に用いるパスの性能指標として空き帯域(利用可能帯域) およびノード間ラウンドトリップ時間を考え,それぞれを用いた場合に,他のノードを中継してトラヒックが運ばれる条件およびそのトラヒック量に関する定式化を行った.また,研究用大規模オーバレイネットワークであるPlanetLabで得られている参加ノード間の計測データを用いて,ネットワーク全体でどの程度のトラヒックがただ乗り経路によって運ばれる可能性があるかを試算し,それが無視できない量であることを指摘した.

[関連発表論文]

  1. 長谷川剛, 小林正好, 村田正幸, 村瀬勉, “オーバレイルーティングに起因するネットワークただ乗り問題に関する一検討,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-136), pp.133-138, Dec. 2006.

2.2.7. インターネットルータのバッファサイズに関する研究

現在,インターネットルータのバッファサイズの決定には帯域遅延積を指標とする方法(以下normal 指標と称する)が広く利用されている.これに対し,TCP を用いた通信が多数存在するという条件の下であれば,ネットワークリンクの利用率を維持するためには帯域遅延積をフロー数の平方根で除算しただけのサイズで十分であるという方法(以下sqrtN 指標と称する)が提唱されている.また,TCP コネクションのデータパケット転送におけるバースト性を緩和する手法であるpaced TCP を用いることによって,さらに小さい数十パケットのバッファサイズで十分であるという主張も提起されている.しかし,これら主張はボトルネックリンクの利用率以外の視点からの十分な評価が行われていない.

そこで本研究では,ns-2 を用いたシミュレーションにより,paced TCP がルータのバッファサイズの設定に与える影響を,さまざまな視点から考察した.その結果,paced TCP の導入により,ほとんどの場合でパケット廃棄率が小さくなるものの,パケット廃棄率がnon-paced TCP とほとんど差がない場合は,データ転送遅延時間に悪影響を及ぼし,リンク利用率も高く維持できないことが明らかとなった.また,paced TCP とnon-paced TCP が混在した環境においては,normal 指標ではpaced TCP フローが増加するにつれ,paced TCP のスループットが大きくなるが,sqrtN 指標の場合はpaced TCP のフロー数に関係なくnon-paced TCP のスループットのほうが高く,paced TCP を普及させるにはsqrtN 指標では不適当であり,バッファサイズを大きくする必要があることが明らかとなった.

[関連発表論文]

  1. 多田健太郎, “TCPのバースト性およびその緩和手法がルータのバッファサイズ決定に与える影響,” 大阪大学基礎工学部情報科学科特別研究報告, Feb. 2007.
  2. 多田健太郎, 長谷川剛, 村田正幸, “Paced TCP がルータのバッファサイズ設定に与える影響,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-218), pp.225-230, Mar. 2007.

2.2.8. トランスポートプロトコルの改良によるシンクライアントシステムの性能向上に関する研究

トランスポートプロトコルの改良によるシンクライアントシステムの性能向上に関する研究

シンクライアントシステムとは,クライアントからキーボード・マウスイベントを送信し,サーバから処理結果の画面情報を受信するシステムを指し,そのトラヒックは,文字情報に相当するインタラクティブな特性のトラヒックと,ウィンドウなどの画面情報に相当するバルク転送的な特性のトラヒックに大別できる.本研究においては,前者に対してパケットロスへの耐性向上を課題として,データパケットの複製同時送信を提案し,後者に対しては,スループットの向上を課題として,TCP のスロースタート再スタート (SSR) の影響を評価するとともに,データセグメントの再構成手法に関する検討を行った.

実トラヒックを利用したシミュレーションにより評価を行った結果,インタラクティブなトラヒックにおいて,ランダムなパケットロスに対しては効果を得られることがわかった.また,バルク転送的なトラヒックのバースト性が,SSR 設定オフにより増大し,セグメント再構成により緩和されることを明らかにした.

[関連発表論文]

  1. 小川祐紀雄, 長谷川剛, 村田正幸, “シンクライアントトラヒックの性能向上手法の検討,” 電子情報通信学会情報ネットワーク研究会, Mar. 2007.

2.2.9. TCPオーバレイネットワークに関する研究

TCPオーバレイネットワークに関する研究

我々の研究グループでは,IP層やアプリケーション層において品質制御を行うのではなく,IP層においては従来のルーティングなど必要最低限の機能のみを提供し,品質制御をトランスポート層において行うTCPオーバレイネットワークに関する研究を行っている.TCPオーバレイネットワークにおいては,通常エンドホスト間に設定されるTCPコネクションをネットワーク内のノード(TCPプロキシ) で終端し,分割されたコネクションごとにパケットを中継しながら転送を行う.これにより,TCPコネクションのフィードバックループを小さくすることが可能になるため,スループットの向上を期待することができる.また,TCPオーバレイネットワークを構築することによって,ネットワーク環境の違いを吸収することが可能になるため,要求されるサービス品質に応じた制御を行うことが可能になる.

そこで本研究では,TCP オーバレイネットワークにおける基本技術であるコネクション分割に着目し,コネクション分割を行うことによりエンドホスト間のデータ転送速度が向上すること,および,プロキシノードにおけるパケット処理のオーバヘッドが原因になり,期待するほどのスループットが得られないことを明らかにした.また,これらの影響を考慮したエンドホスト間のスループット解析を示し,その妥当性をシミュレーションとの比較により検証した.その結果,スループット劣化はTCPプロキシの前後のコネクションが通過するネットワーク環境に差が少ない場合に大きくなり,最大で約60%性能が低下することがわかった.また,そのスループット劣化を防止するためには,従来TCPコネクションに必要とされる量の3倍から10倍の送信バッファが必要であることが明らかとなった.

また,NECとの共同研究により,東京―大阪間の公衆インターネット回線を用いた,TCPプロキシ機構の実証実験を行った.その結果,TCPプロキシ機構が実ネットワークにおいても有効であり,エンド端末のプロトコルやパラメータ設定を変更することなく従来手法に比べて高いデータ転送スループットを獲得できることを明らかにした.また,TCPプロキシ間のTCPコネクションに高速TCPを用いることで,さらに高いスループットが得られることがわかった.

2.2.10. 超高速データ転送を実現するTCPの輻輳制御方式に関する研究

超高速データ転送を実現するTCPの輻輳制御方式に関する研究

例えば,近年注目されているデータグリッドネットワーク,ストレージエリアネットワーク等においては,エンド端末が1-10 Gbpsクラスの帯域を持つ高速ネットワークに直接接続され,データの取得・送出,データベースの更新,遠隔バックアップ等において,ギガバイトからテラバイト級のデータを高速に転送することが要求される.このような高速データ転送を行う場合に,現在のインターネットにおいて標準的に用いられているTCP Renoバージョンを用いると,大きなリンク帯域を十分使う程度のスループットを得ることができないという問題が指摘されている.この問題を解決するための一つの方法として,TCP Renoの輻輳制御方式を改変し,高いスループットを得ることができるHighSpeed TCPと呼ばれる方式が提案されているが,その性質はこれまで明らかになっておらず,特に従来のTCP Renoバージョンとの公平性に関しては考慮されていない.

そこで本研究では,HighSpeed TCPコネクションが従来のTCP Renoコネクションと同じリンクを共有する場合の,スループットおよび公平性に関して,数学的解析手法およびコンピュータ上のシミュレーションを用いて考察している.その結果,HighSpeed TCPは従来のTCP Renoに比べて非常に高いスループットを得ることができるが,システム条件によっては大量のパケット廃棄によってスループットが著しく低下し,リンク帯域を十分使う程度のスループットを得ることができない場合があること,また,従来のTCP Renoと同じリンクを共有する場合,TCP Renoを用いたコネクションのスループットを大幅に低下させるため,両者の間の公平性を維持することができない等の問題点を持つことを明らかにしている.さらに本研究では,解析によって明らかになったHighSpeed TCPが持つ問題点を解決し,高いスループットを得るとともに,TCP Renoコネクションとの公平性を改善するTCPの輻輳制御方式の提案を行っている.提案方式の有効性はシミュレーションによって評価を行い,提案方式によって,従来のTCP Renoコネクション公平性を大幅に改善し,HighSpeed TCPに比べて最大で約50%のスループット向上を実現できることを示している.

さらに本研究では,そのような高速TCPプロトコルではなく,GridFTPなどにおいて用いられている,通常のTCPコネクションを複数本並列的に用いることでデータ転送性能を向上させる並列TCP手法に着目し,その性能を数学的解析により明らかにした.解析においては,並列に設定されるTCPコネクションが同期的に動作する場合,および非同期的に動作する場合の両方を考慮し,並列TCP手法によるデータ転送スループットの上限と下限を明らかにした.その結果,理想的なTCP コネクション数はネットワークパラメータなどによって大きく変化し,その設定が困難であることが明らかとなった.また,高速TCPプロトコルと比較すると,ネットワーク環境の変動に対する性質などの点で,並列TCP 方式が劣っていることを明らかにした.

[関連発表論文]

  1. Zongsheng Zhang, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “Reasons not to parallelize TCP connections for long fat networks,” in Proceedings of SPECTS 2006, Aug. 2006.
  2. 長谷川剛, 村田正幸, “高速・高遅延ネットワークのためのトランスポート層プロトコル,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-169), pp. 41-46, Feb. 2007.
  3. Zongsheng Zhang, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “Analysis evaluation of parallel TCP: Is it really effective for long fat networks?,” IEICE Transactions on Communications, vol.E90-B, no.3, pp.559-568, Mar. 2007.

2.2.11. エンドシステム/ネットワーク統合環境におけるTCPの高速・高機能化に関する研究

エンドシステム/ネットワーク統合環境におけるTCPの高速・高機能化に関する研究

インターネットの急速な発展にともなうトラヒックの増大に対し,バックボーンネットワークでは広帯域化,高速化が急速に進められている.一方,してアクセスネットワークの帯域はバックボーンネットワークに比べると十分ではなく,特にユーザが複数のネットワークアプリケーションを同時に利用するような場合ではアクセスリンク帯域がボトルネックとなる.また,標準のTCP コネクションのスループットはRTT などのパラメータに大きく影響されるため,必ずしもユーザの意図した割合でアクセスリンク帯域がアプリケーション間で共有されない.

そこで本研究では,これらの問題点を解決し,ボトルネックとなるアクセスリンク資源を有効に活用するためのアクセス資源管理方式を提案した.提案方式においては,まずユーザホストで全てのTCP コネクションに割り当てられる受信バッファの総量を仮想的に調節することによって,アクセスリンクの輻輳を防止する.その後,各TCP コネクションへの受信バッファの割り当てを,TCPコネクションの性質に基づいて決定する.シミュレーションによる性能評価結果より,提案方式はデータ転送時間の減少,およびアクセスリンクでの輻輳の回避や遅延の減少に大きな効果があり,従来方式と比較した場合,アクセスリンクの利用率を高く維持したまま, short-lived コネクションにおけるドキュメント転送の遅延を最大 90% 削減できることが明らかとなった.

[関連発表論文]

  1. Kazuhiro Azuma, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “A study on a receiver-based management scheme of access link resources for QoS-controllable TCP connections,” International Journal of Communication Systems, vol.19, pp.751-773, Sep. 2006.

2.3. P2Pアーキテクチャに関する研究

近年,コンピュータの高性能化により従来のクライアント−サーバ型アーキテクチャのようにファイルサーバやWWWサーバといったコンテンツを所有,管理するサーバを介するのではなく,ユーザ同士が直接,情報およびデータを交換するP2P型通信技術が注目されている.このような分散システムの一つであるP2P型システムにおいては,利用するユーザに対するQoS(検索・取得効率など)向上やシステム負荷(ネットワーク利用率,ピア使用率など)軽減が重要となる.本研究では,動画像ストリーミングやファイル交換システムに着目し,ファイルの検索,キャッシング,P2P論理網の構築といった要素技術を提案することで,これらの問題に取り組んでいる.

2.3.1. 高速なファイル検索,取得のための障害回復力のあるP2P論理網構築手法に関する研究

高速なファイル検索,取得のための障害回復力のあるP2P論理網構築手法に関する研究

P2Pファイル共有システムではピアは論理網を利用して所望するファイルの検索を行うため,論理網の構造が下位の物理網の負荷及びユーザQoSであるファイルの検索・取得効率に影響を及ぼす.論理網が物理網トポロジを考慮せずに構築された場合には,物理的に遠いピアが隣接関係を持つ可能性があり,その結果,論理網上でのメッセージのやりとりによって物理網に冗長なトラヒックが発生する.また,検索メッセージに対して早く応答メッセージを返信したピアが必ずしも物理的に近いとは限らないため,ピアは,より近く,高速にファイル取得が行えるピアを発見するため,複数の応答メッセージの受信を待たなければならない.さらに,検索速度の向上のためには,検索メッセージが効率的に論理網上で拡散するのがよく,同じピア数に対してより直径の小さい論理網を構築するのが望ましい.

そこで,Barabasi-Albert (BA) モデルに基づく高速なファイル検索,取得のための論理網構築手法を提案した.提案手法では,新規参加ピアが物理的に近くかつ論理網上で隣接ピア数の多いピアに接続することで,直径が小さくかつ物理網特性を考慮した論理網を構築することができる.その結果,下位の物理網の負荷を抑えるとともに,ピアはより物理的に近い取得先ピアをより早く発見することができる.さらに,動的に論理リンクを切り替えることにより,論理網の構造を改善し,ピア消失などの障害から回復することができる.現実的な物理網トポロジを用いた計算機シミュレーションにより,BAモデルに比べて最大で約60%程度到達率を向上させるとともに,隣接ピアが物理的にも近く,また,障害回復力を有する論理網を構築できることを示した.

[関連発表論文]

  1. Masahiro Sasabe, Naoki Wakamiya, and Masayuki Murata, “LLR: A construction scheme of a low-diameter, location-aware, and resilient P2P network,” in Proceedings of the 1st International Workshop on Mobility, Collaborative Working, and Emerging Applications (MobCops 2006), Nov. 2006.

2.3.2. ファイル共有システムにおける進化ゲーム理論を用いたキャッシングアルゴリズム

ファイル共有システムにおける進化ゲーム理論を用いたキャッシングアルゴリズム

P2P ファイル共有システムでは,ノード同士が論理的なリンクを確立することによって,論理的なネットワークが構築され,その上でノードは自分の必要とするファイルを検索,取得する.複数のノードが同一ファイルをキャッシュし,他のノードに提供することによって,低遅延でファイル可用性の高いファイル共有が期待できる.しかしながら,ファイルのキャッシングには処理負荷,ストレージ資源などのコストが発生する.ファイル共有システムを構成するノードはユーザ端末であり,それぞれが利己的に振る舞うと,十分にファイルがキャッシュされず,特に人気の低いファイルがシステムから消失するなどの問題が発生する可能性がある.適切なキャッシュ状態を保つためにすべてのノードの状態を監視,制御するのは困難であるため,ノードの自律的,利己的な振る舞いによってシステム全体で適切なキャッシングが行えるのが望ましい.

進化ゲーム理論は,生物社会において様々な個体が相互に影響を与え合う環境の下,生物の進化の過程で最適な行動が受け継がれるという考え方を,ゲーム理論を用いて説明しようと試みたものである.近年,進化ゲーム理論により,利己的・非協力的に思われる個人の振る舞いが社会全体としての協力行動の表れにどのような影響を与えるかを解明しようとする研究が行われている.そこで本研究では,進化ゲーム理論を用いることで,ファイル共有システムにおいて,局所的なノードの振る舞いがシステム全体のキャッシング状態に与える影響について検証した.その結果,キャッシングに対するコストと需要のモデルによっては,ノードが利己的に振る舞ったとしてもファイルがシステムから消失することのない,ファイル共有が実現可能であることを示した.さらに,検索遅延の観点からも高いQoSを実現可能であることを示した.

[関連発表論文]

  1. 笹部昌弘, 若宮直紀, 村田正幸, “ファイル共有システムにおける進化ゲーム理論を用いたキャッシングアルゴリズム,”電子情報通信学会技術研究報告書 (IN2006-154), pp.97-1102, Jan. 2007.
  2. Masahiro Sasabe, Naoki Wakamiya, and Masayuki Murata, “A caching algorithm using evolutionary game theory in a file-sharing system,” in Proceedings of the IEEE Symposium on Computers and Communications (ISCC 2007), Feb. 2007.

2.3.3. ノードのモビリティを考慮したモバイルP2Pネットワークの構築

ノードのモビリティを考慮したモバイルP2Pネットワークの構築

ノートPC,PDA,携帯端末など無線通信を利用する機器の普及により,固定的なネットワーク設備環境がなくてもノード同士が自由に通信可能なモバイルP2Pネットワークが注目されている.例えば,災害発生時における緊急対策用ネットワークや会議や講演会における参加者間での情報交換用ネットワークといった,一時的に必要とされるネットワーク構築時に特に有効である.

モバイルP2Pネットワークの構築手法には,Ekta,MADPastryといった既存研究がある.これらは,主に有線ネットワークを対象としたP2Pネットワーク構築手法と無線ネットワーク上でのルーティングプロトコルを統合することで,効率の良いモバイルP2Pネットワークの構築を実現している.しかしながら,ノードのモビリティを考慮した制御の仕組みは考えられていないのが問題である.

そこで本研究では,ノードのモビリティとノード間の物理的な距離を同時に考慮したモバイルP2Pネットワークの構築手法を検討している.特に,各ノードが自律分散的に自分と周囲の状況を把握した上で,局所的なクラスタを動的に形成するための方式を提案している.

3. 発表論文一覧

3.1. 学術論文誌

  1. Cao Le Thanh Man, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “ImTCP: TCP with an inline measurement mechanism for available bandwidth,” Computer Communications Special Issue: Monitoring and Measurements of IP Networks, vol.29, pp.1614-2479, June 2006.
  2. Tomoaki Tsugawa, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “Background TCP data transfer with inline network measurement,” IEICE Transactions on Communications, vol.E89-B, no.8, pp.2152-2160, Aug. 2006.
  3. Cao Le Thanh Man, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “A simultaneous inline measurement mechanism for capacity and available bandwidth of end-to-end network path,” IEICE Transactions on Communications, vol.E89-B, no.9, pp.2469-2479, Sep. 2006.
  4. Kazuhiro Azuma, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “A study on a receiver-based management scheme of access link resources for QoS-controllable TCP connections,” International Journal of Communication Systems, vol.19, pp.751-773, Sep. 2006.
  5. Zongsheng Zhang, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “Analysis evaluation of parallel TCP: Is it really effective for long fat networks?,” IEICE Transactions on Communications, vol.E90-B, no.3, pp.559-568, Mar. 2007.

3.2. 国際会議会議録

  1. Tomoaki Tsugawa, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “Implementation and evaluation of an inline network measurement algorithm and its application to TCP-based service,” in Proceedings of 4th IEEE/IFIP Workshop on End-to-End Monitoring Techniques and Services (E2EMON 2006), pp.35-42, Apr. 2006.
  2. Cao Le Thanh Man, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “ICIM: An inline network measurement mechanism for highspeed networks,” in Proceedings of the 4th IEEE/IFIP Workshop on End-to-End Monitoring Techniques and Services (E2EMON 2006), pp.67-74, Apr. 2006.
  3. Masashi Nakata, Go Hasegawa, and Hirotaka Nakano, “Modeling TCP throughput over wired / wireless heterogeneous networks for receiver-based ACK splitting mechanism,” in Proceeding of the 2006 International Conference on Wireless Networks (ICWN 2006), June 2006.
  4. Zongsheng Zhang, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “Reasons not to parallelize TCP connections for long fat networks,” in Proceedings of SPECTS 2006, Aug. 2006.
  5. Wataru Nagate, Masahiro Sasabe, and Hirotaka Nakano, “High-speed readout method of ID information on a large amount of electronic tags,” in Proceedings of SPIE vol.6387, pp.638708-1-638708-11, Oct. 2006.
  6. Yusuke Hirano, Masahiro Sasabe, and Hirotaka Nakano, “Information gathering system based on combination of random and selective accesses for ubiquitous environments,” in Proceedings of SPIE vol.6387, pp.63870J-1-63870J-9, Oct. 2006.
  7. Go Hasegawa and Masayuki Murata, “TCP symbiosis: congestion control mechanisms of TCP based on Lotka-Volterra competition model,” in Proceedings of Workshop on Interdisciplinary Systems Approach in Performance Evaluation and Design of Computer & Communications Systems (Inter-Perf 2006), Oct. 2006.
  8. Masahiro Sasabe, Naoki Wakamiya, and Masayuki Murata, “LLR: A construction scheme of a low-diameter, location-aware, and resilient P2P network,” in Proceedings of the 1st International Workshop on Mobility, Collaborative Working, and Emerging Applications (MobCops 2006), Nov. 2006.
  9. Kana Yamanegi, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “Congestion control mechanism of TCP for achieving predictable throughput,” in Proceedings of Australasian Telecommunication Networks and Applications Conference 2006 (ATNAC 2006), pp. 117-121, Dec. 2006.
  10. Junichi Maruyama, Go Hasegawa, and Masayuki Murata, “Is tampered-TCP really effective for getting high throughput in the Internet?,” in Proceedings of Australasian Telecommunication Networks and Applications Conference 2006 (ATNAC 2006), pp. 167-171, Dec. 2006.
  11. Masahiro Sasabe, Naoki Wakamiya, and Masayuki Murata, “A caching algorithm using evolutionary game theory in a file-sharing system,” in Proceedings of the IEEE Symposium on Computers and Communications (ISCC 2007), Feb. 2007.

3.3. 口頭発表(国内研究会など)

  1. 久松潤之, 長谷川剛, 村田正幸, “TCPトラヒックを考慮した大規模ネットワーク解析手法の提案,” 電子情報通信学会技術研究報告 (CQ2006-7), pp.31-36, Apr. 2006.
  2. 丸山純一, 長谷川剛, 村田正幸, “改造TCPがネットワークに与える影響に関する一検討,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-40), pp.31-36 July 2006. (情報ネットワーク研究賞)
  3. 津川知朗, Cao Le Thanh Man, 長谷川剛, 村田正幸, “高速ネットワークにおけるインラインネットワーク計測手法の実装に関する検討および性能評価,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-47), pp.73-78, July 2006.
  4. 山根木果奈, 長谷川剛, 村田正幸, “インラインネットワーク計測に基づくTCPスループットの保証手法,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-50), pp.7-12, Sep. 2006.
  5. 宮川明子, 笹部昌弘, 中野博隆, “モバイル通信における電力制御の効果,” 画像電子学会予稿 (06-04-11), pp. 65-70, Nov. 2006.
  6. 久松潤之, 長谷川剛, 村田正幸, “大規模ネットワークにおけるTCP トラヒックを考慮したルータのバッファサイズの検討,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-130), pp.97-102, Dec. 2006.
  7. 長谷川剛, 小林正好, 村田正幸, 村瀬勉, “オーバレイルーティングに起因するネットワークただ乗り問題に関する一検討,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-136), pp.133-138, Dec. 2006.
  8. 笹部昌弘, 若宮直紀, 村田正幸, “ファイル共有システムにおける進化ゲーム理論を用いたキャッシングアルゴリズム,”電子情報通信学会技術研究報告書 (IN2006-154), pp.97-1102, Jan. 2007.
  9. 長谷川剛, 村田正幸, “高速・高遅延ネットワークのためのトランスポート層プロトコル,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-169), pp. 41-46, Feb. 2007.
  10. 時任宏, 笹部昌弘, 中野博隆, “通信距離の最適化による無線ネットワーク容量の向上,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-196), pp.95-100, Mar. 2007.
  11. 山根木果奈, 長谷川剛, 村田正幸, “スループット保証を実現するTCPの輻輳制御方式の実装評価,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-216), pp.213-218, Mar. 2007.
  12. Cao Le Thanh Man, Go Hasegawa and Masayuki Murata, “Inferring bandwidth of overlay network paths using inline network measurement,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-217), pp.219-224, Mar. 2007.
  13. 多田健太郎, 長谷川剛, 村田正幸, “Paced TCP がルータのバッファサイズ設定に与える影響,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-218), pp.225-230, Mar. 2007.
  14. 丸山純一, 長谷川剛, 村田正幸, “エッジルータにおける改造TCPの検出・制御手法の提案,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-219), pp.231-236, Mar. 2007.
  15. 津川知朗, 藤田範人, 浜崇之, 下西英之, 村瀬勉, “TCP-AFEC: TCPによるエンドホスト間の帯域確保のための冗長度動的決定手法,” 電子情報通信学会技術研究報告 (IN2006-227), pp.279-284, Mar. 2007.
  16. 小川祐紀雄, 長谷川剛, 村田正幸, “シンクライアントトラヒックの性能向上手法の検討,” 電子情報通信学会情報ネットワーク研究会, Mar. 2007.

3.4. 博士論文・修士論文・特別研究報告

3.4.1. 博士論文

  1. Cao Le Thanh Man, “Inline network measurement: TCP built-in techniques for inferring end-to-end bandwidth,” Ph.D. Thesis, Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University, Jan. 2007.

3.4.2. 修士論文

  1. Wataru Nagate, “High-speed information readout method from a large amount of RFID tags,” Master’s Thesis, Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University, Feb. 2007.
  2. Yusuke Hirano, “A scheme for continuous data gathering form mobile nodes,” Master’s Thesis, Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University, Feb. 2007.
  3. Akiko Miyagawa, “Proposal and evaluation of perfect cell partitioning in micro-cellular networks,” Master’s Thesis, Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University, Feb. 2007.
  4. Junichi Maruyama, “Ill-effects of tampered-TCP flows and protection mechanisms for well-behaved TCP flows,” Master’s Thesis, Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University, Feb. 2007.
  5. Kana Yamanegi, “TCP congestion control mechanisms for achieving predictable throughput,” Master’s Thesis, Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University, Feb. 2007.

3.4.3. 特別研究報告

  1. 時任宏, “通信距離の最適化による無線ネットワーク容量の向上,” 大阪大学基礎工学部情報科学科特別研究報告, Feb. 2007.
  2. Le Kieu Nhu, “Evaluation of Response Probability Control Method on Belt Conveyor Systems,” 大阪大学基礎工学部情報科学科特別研究報告, Feb. 2007.
  3. 児玉瑞穂, “インライン計測に基づいたTCP輻輳制御方式のネットワークにおける性能評価,” 大阪大学基礎工学部情報科学科特別研究報告, Feb. 2007.
  4. 多田健太郎, “TCPのバースト性およびその緩和手法がルータのバッファサイズ決定に与える影響,” 大阪大学基礎工学部情報科学科特別研究報告, Feb. 2007.